あらざるもの2016.10.23

機能・象徴・形状において、鍵にはどこか色気がある。

夏、鍵をおみやげにした。

正確には、鍵と錠である。鍵は、細くて平べったい。錠は、トラを模して作られている。トラというより、ずんぐりとした犬が伏せをしながら舌を出しているように見えるが、「インドのカギ(トラ)」とタグがあったから仕方がない。これは、トラなのだ。彫刻される前の金属のかたちや、どのような手つきでやすりをかけられたのかが、克明にわかる。

錠の弦の部分がひらがなの「つ」の字になっていて、トラの尻尾に見立てられている。書きはじめと書きおわりはそれぞれ、トラの後頭部とお尻に突き刺さる。頭のうしろから刺さった「つ」の書きはじめの方は、そのまま口からちょっとだけとび出ている。鍵を抜き差しすると弦が動き、トラが舌を出したり引っ込めたりするように見えるのが、愛嬌だ。鍵穴は、顔と前足の間にある。だが、実は何を差し込んでも錠は開いてしまう。力いっぱいひっぱれば、もはや鍵すら必要ない。

鍵には、「守る」「隠す」「秘める」機能がある。しかしこのトラ、機能の欠落によって、鍵そのものでありながらも、鍵の機能をメタファーと化して際立たせる。そして、メタファーが生まれることで、言葉としての「鍵」がもつ「約束」「支配」「誓い」といった象徴性が強くなる。また、本来、鍵と錠は、互いにとって互いのものにしかなりえない形状をしていなければならない。だがトラは、この掟すらないがしろにすることによってむしろ、鍵と錠の思わせぶりな関係を浮き上がらせる。

真夏の西日から逃げるようにして入った店は、松本市内にある松本民芸家具の展示場だった。「東京にいいおみやげができた」と、喜んで帰り、秋になった今、机の上のアナログ時計の横に置いている。真鍮でできていて、トラが舌を動かすのを見ながらカチャカチャ触っていると、指に金属の匂いがつく。

ひんやりとした感触を手にしながら、こんな妄想をする。

インドでは古くから、トラをモチーフとした鍵がたくさん作られていた。実際に鍵として使われるわけでもなく魔除けのお守りとして、山のように。わたしのおみやげとなったトラも、今では民芸品として世界中に散らばったうちの一匹なのだ。

あながち、間違った史実ではないかもしれない。

目の前にトラがいないことでトラがよく見える。